A Expiation in the Fair 7
- ネタバレあり(CCFF7、FF7AC)
- タイトル : A Expiation in the Fair
- 投稿者 : jumping
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エピローグ 晴れ渡る空の下で
「あんたを連れて行きたいところがある」先程聞き終えたクラウドの話を頭の中で反芻していたカンセルは、突然のクラウドの申し出に目を瞬いた。
「・・・・どこに」
「運が良ければ・・・会えるかもしれない」
質問の答えとしては全くもってちぐはぐなことを呟いたクラウドは立ち上がり、
壁にかけてあったスペアのゴーグルをカンセルの方に放り投げた。
「行こう」
そう言って店の外に出る。
「い、行こうって・・・・ちょっと待てっ!」
状況が理解できないながらも、ゴーグルを握りしめたカンセルは慌ててクラウドの背中を追った。
「バ、バイクか!?飲酒運転~~~!!」
「問題ない」
大して悪びれる風でもなく、普段通りにバイクに跨ってカンセルが乗るのを待っている。
顔には既にシルバーフレームのゴーグルが掛けられていた。
確かにクラウドはあれだけ度数の高い酒を飲んでおきながら、平然としている。
足取りもふらつくことなく、至って普通だ。本当に大丈夫なのかもしれない。自分には到底真似できない芸事だ。
彼の一方的で、説明不足な行動に呆気にとられながらも、カンセルはフェンリルの後方に跨った。
明け方といってもまだ日は昇ってはおらず、辺りは闇に包まれていた。
この季節の夜はとても冷える。吹き抜ける風が冷たい。
エッジの街中から離れ、クラウドが駆るフェンリルの向う先は、ごつごつとした岩肌ばかりが目立つ荒野。
さして時間をかけぬうちに、ミッドガルを見渡せる高台へ着いた。
クラウドに促されバイクを降りたカンセルは、高台の先端の地面に一本の剣が突き刺さっているのを見た。
忘れようはずもない、ザックスがいつもその背に背負っていたバスターソードだ。
「墓標代わりなんだ」
何も尋ねはしなかったが、カンセルの思考を察したのか、クラウドがここに剣を突き刺した理由を話した。
「・・・そうか、ここでザックスは・・・」
小さな声で呟くと、カンセルはゆっくり剣に歩み寄る。
クラウドはフェンリルにもたれたまま、彼の様子を黙って見ていた。
剣の傍に立ち、錆びてぼろぼろに零れてしまった刃にそっと指を当てた。
真っ直ぐに指を引けば、きっと指先から血が溢れ出す。
かつての持ち主の標(しるべ)となったことを、この剣は喜んでいるのだろうか。
風に吹かれ、時の流れに沿って彼にまつわる記憶が次第に風化するのと同じように、緩やかに朽ちていくのだろう。
刃に触れる指をそっと離し、カンセルは剣のグリップを、ゆっくり握りしめた。
刹那、カンセルの目の前で何かがはじけたような音がした。―――硝子?風船?
とにかく例えようのない、不思議な響きの音。
「!?」
瞬く間に辺りにどこからともなく光が溢れ出す。
初めはかろうじて眼を開けていたが、だんだんと強く輝きだす周囲に耐えられず、両目をきつく閉じてしまった。
訳もわからず、ただグリップを握りしめる右手に力を込めた。
そうしなければ、どこか遠くに飛ばされてしまいそうな気がしてならなかった。
どれくらい経ったのか。ふと、頬を撫でるやさしい風が吹いて、恐る恐る瞼を持ち上げた。
瞬きを繰り返して、周囲を見渡す。
握っていたはずのバスターソードは見当たらない。
振り返ると、そこにいたはずのクラウドと、彼の愛車の姿もなかった。
辺りは一面の青空が広がり、汚れのない白さを輝かせたいくらかの雲が浮かび、風に流されていく。
とても清々しい世界。その色は、まさしく彼らの瞳のそれと同じものだった。
しばらく、その圧倒的な風景に見惚れて呆けていたカンセルの耳に突如、懐かしい声が飛び込んできた。
「よお、久し振り」
―――そんなわけがない。空耳だ。
その声の主は、もういないのだと、カンセルは考え直す。とうとう幻聴まで聞こえる様になったか。
「シカトかよ。つれねぇなぁ・・・」
まさか。・・・本当に?
今度こそカンセルは、声のした方に振り返った。
彼が、居た。
「お、やっとこっち向きやがった。・・・お前、老けたな」
そういってケラケラと笑うその若者は、昔のままの無邪気な笑顔を浮かべて、確かにそこに立っていた。
「・・・・ザック、ス・・・」
「おうよ。元気だったか?」
ニッと白い歯を見せて、こちらを見つめ返している。
「・・・・ザックス、ザックス!!!」
カンセルはいても経ってもいられず、彼の傍に走り寄る。ザックスも両腕を広げて待ち構えた、が。
カンセルがその胸へ飛び込むと思いきや――-渾身の力でその脇腹を蹴りあげた。
「ぐはぁっっ」
さしものザックスも、蹴りをもろにくらってその場で膝を折る。
一瞬呼吸が止まったらしく、ゲホゲホと苦しそうに咳きこんだ。
「お、お前なぁ!!いくら死んでても痛いもんは痛いんだぞ!」
はたから見れば、ちんぷんかんぷんなセリフである。
しかし彼が死者であることには間違いないのでやはり正しい言い方なのだろう。
そもそも男同士の抱擁など、誰が好き好んでするものか。ちょっと考えれば蹴りを避けるのは容易ではなかったか。
戦闘能力はピカイチのくせに、久々の再会なのにとブツブツ呟くこの男はなんだか抜けている。
両腕で腹を庇いながらザックスが顔をあげると、大粒の涙を零しながら突っ立っているカンセルがいた。
「どんだけ心配したと思ってるんだ、この馬鹿犬が・・・」
目尻を赤くして、みっともないほど顔をぐしゃぐしゃにして泣き崩れる。
下を向いていたので、鼻水まで垂れ落ちそうだ。
大の大人が格好悪いな、そう頭の隅で思ったが、そんなことはもうどうでもよかった。
溢れるものは止められなかった。
もしいつかあの世で会えたならいの一番に文句を言ってやろうと決意していたにも拘らず、
口からついて出るのは、謝罪の言葉ばかりだった。
「お前に、謝りたかったんだ、ずっと。助けたくて、・・・助けたかったのに何も出来なかった。
くやしくて、俺は弱くて、ただ見てるだけで、・・・あの時俺は、自分の保身を優先したんだ。
アルが気を利かせてくれたのに便乗して、俺は、逃げた。
立場とか地位とか、そんなもん、さっさと捨てちまってお前を探していれば!!」
長年、その胸に痞えていたものが次々と溢れ出した。箍が外れたように、とめどなく。
彼の贖罪を聞いて困ったような照れたような顔をすると、ザックスは立ち上がってそっとカンセルの肩に手を置いた。
「・・・俺こそ悪かった。連絡ぐらいしなきゃいけなかったな。
お前のメール、ちゃんと届いてたから。返事、出来なくてごめんな。うれしかったぞ」
そう言われて、ずずっと鼻をすすりながら顔をあげると、ザックスがやさしく微笑んでそこに居る。
「・・・お前、そんなに泣き虫だったっけか」
「るせぇ、ほっとけ」
「なっさけねぇなー」
「誰のせいだよ、馬鹿ザックス」
悪態をつくと、今度は真面目な顔をしてザックスが話し出した。
「・・・俺は、お前を責めたことなんか一度もない」
「え?」
「お前を責めてるのは、お前自身だろう?そんなにしょい込む必要なんかねぇんだよ。
無駄な荷物は捨てろ。それでも重ければ、あいつを頼れ」
「・・・あいつ?」
「クラウド。あいつもついこの間まで、今のお前みたいにウジウジしてた。あいつなら、お前の気持ちをよく解ってくれる」
そういうと、ザックスはカンセルの肩から手を離した。それと同時に、周囲に広がる青空の色がだんだんと薄まっていく。
「・・・時間だ」ザックスが呟いた。
「もう行かなきゃ」人懐っこく、笑う。
本当の別れが近付いているのだと、カンセルは悟った。慌てて、背を向けて歩きだしたザックスに向かって叫ぶ。
「待てよ!お前に言いたいこと、まだたくさんあるんだ!」
「それはお前がこっちに来たときに聞くから」
「何年先だよ、馬鹿野郎!」
「お前次第!100年先だろうがちゃんと待っててやるから心配すんな!」
「・・・母ちゃんにメール魔とか言うなよ!恥かいたじゃねーか!」
もう、彼からの返事はなかった。その代り、左手をひらひらと振ってそのまま光の中へ消えていく。
その時、はじめて彼のすぐ傍に寄り添うように立つ人影に気がついた。
その人影はこちらを振り返ると、ペコリとお辞儀をした。
花のように可憐な微笑みを見せ、頭の赤いリボンを揺らしながら、ザックスのあとをついて光へ去って行った。
気がつくと、目前にバスターソードがあった。自分の右手がグリップに添えられたままだ。
頭がなんだかはっきりとしないような感覚だけが残っている。
彼らを包みこんだ光は、その名残を残してはいなかったが、カンセルの網膜にはまだ残像が感じられた。
きょろきょろとあたりを見回すと一面の青空の代わりに、東の空が赤みを帯びていた。もうすぐ夜明けだ。
振り返ると、クラウドが元の位置に立っていた。近づくと、こちらに気がついて顔を上げた。
「帰ろうか」
カンセルがそうクラウドに話しかけると、彼の表情から何かを察したようだった。
「・・・会えたんだな?」
「あぁ、相変わらずだった。馬鹿は死んでも治らないって言うけど、本当かもしれん」
そういうと、二人揃って声をあげて笑った。きっと今頃、空の向こうで彼は心外な、と腹を立てているのだろう。
それを想像したら、よけいにおかしかった。立腹した彼の表情が手に取るように判るのも、おもしろくて仕方がない。
ひとしきり笑ったあと、カンセルはクラウドに礼を言った。
「ありがとう・・・おかげで軽くなった」
「いや、俺は何もしていない」
微笑んで、そう返すクラウド。照らし出す朝日を、しばらく二人で見つめていた。
心の傷が、癒えることはきっと無いのだろう。
でも、その痛みと上手に付き合うことは、時間を重ねればきっと出来るようになる。
無理をすることはないのだ。辛い時は辛いと、そう言えばいい。
隣にいる男は、頼めばいつでも酒の相手をしてくれる。ティファの店も、きっといつでも席を一つ、空けてくれるだろう。
ルッツの母親に会ったあの日から、いや、ザックスがいなくなった日からずっとカンセルの心にあった影が、
まるで今昇る太陽の光に溶けるように消えていく。苦しみや哀しみに背を向けてはいけない。
真正面から受け止めれば、それは未来の道を行く力になる。
さあ、行こう。もう大丈夫だ。
頬に突き刺さるような冷たさだった風は、ほんの少しだが日に照らされてその温度を和らげていた。
今は優しく、二人の髪をさらっていく。
「あのさ」
呟いたカンセルに、クラウドが問い返す。
「何だ」
「メールアドレス、教えてくれない?」
ザックスが引き合わせた二人に、新たな友情が芽生えていた。
さて、今度はクラウドがカンセルに「メール魔」と愚痴をこぼす番だ。
空の上でザックスがニヤついたことを、彼らは知る由もない。
朝日が昇りきった後の空は、やはり、“三人”の瞳の色と同じだった。
~Fin~