A Expiation in the Fair 6
- ネタバレあり(CCFF7、FF7AC)
- タイトル : A Expiation in the Fair
- 投稿者 : jumping
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5章 罪を、背負う
「その後な、さすがに俺も参っちゃって神羅を抜けようかと思ったんだけどさ、アルや仲間に止められて、結局ジェノバ戦役までずるずると居続けたわけだ」
半分ほどに減った液体の中で、頭を出した氷を指でクルクルと回すと、グラスに当たって心地のいい音がする。
何杯目かは覚えていなかったが、思ったほどは酔っていないことは自分でも意外だった。
隣の男はというと、やはりしっかり冴えているようだ。あれだけ強い酒を飲んでおきながら普通でいられるとは。
しかも、今もまだグラスを手にしている。
「・・・メテオの後は?」言葉少なに、クラウドは尋ねた。
「うん、やっぱりミッドガルのあの光景はショックでさ、しばらくは何をしたらいいのやらわからなくてな。
会社があんなんなって、軍もソルジャーももちろん、そのまま方々散り散りだ。
とりあえず目の前に助けてくれって呻く人がいるもんだからさ、瓦礫をひっくり返して救助作業とか、
次々に運ばれてくる遺体の埋葬なんかもした。・・・そうやって過ごして、エッジが出来かけた頃かなぁ、
たまたま顔見知りのジャーナリストにばったりあったんだ。例の反神羅系の。
で、仲間内でエッジに出版社を作るんだって、お前も一緒にやらないかって誘われて、今に至ってるんだな」
氷が溶けて、少し薄まってしまった酒を一口飲む。
「仕事が見つかって、よかった」ティファがまるで自分のことのように嬉しそうに言った。
意外な言葉に少々照れくさい。ティファってやさしくていい子だなぁと思って彼女を見つめ返した。
「うん、俺は運が良かったんだと思う・・・、ちょっと眠い?」
「あ、大丈夫です」
ティファは慌てて顔の前で手を振った。
ほんの少しだけ、頭が鈍くなり目尻がとろん、としていたところをカンセルが気付いて声をかけたのだ。
「明日は(といってももう日付を越えていたので今日なのだが)休みだからいいけど、無理はするな」
クラウドが、彼女を気遣って声をかける。
「うん、でも聞いておきたいの。私も、知っておきたい」
「そうか」クラウドが答えた。
先刻からこの二人のやり取りを見ていたが、クラウドが彼女に向ける視線のなんと優しいことか。
その雰囲気だけでなんとなく二人の関係を察してしまったカンセルは、彼らのやりとりをほほえましく思うと同時に、
なんだか悔しい思いを抱いてしまった、彼女いない歴もうすぐ4年のカンセルである。
「そういえば、俺のことはどこで調べたんだ?」ふと思い出して、クラウドはカンセルに聞いた。
「それなんだけどね・・・」
以前の、戦いだらけの殺伐とした日常とは打って変わって、ネクタイを締めて自宅と会社と取材先を行き来する毎日。
初めはこの生活サイクル自体が新鮮だったのと、
災害のショックからようやく前向きになれたこともあってそれなりに日々を楽しんでいた。
街並みも本当にゆっくりではあるが、少しずつ活気が出てきたようにも見えて、
ここしばらく好天が続く空も幾分か澄んでいるように感じた。
心が前を向いていると何もかもがうまくいっているように錯覚するから、人間というものは愚かなのかもしれない。
だが、たまたま取材で訪れた地での出会いが、カンセルを暗い過去に引き戻した。
「あなた・・・もしかして、ソルジャーだった?」
その土地の、たまたま通りかかった女性に質問するために話しかけた時に、こう返された。
特有の碧い瞳は隠しようもなく、それなりに目立つ代物でもある。このような辺境の田舎なら、尚更だろう。
「・・・そうですが、何か?」
「いえ、ひょっとしたら息子をご存じないかと思ったものですから」
「息子さんもソルジャーだったんですか?」
「違うんですけど、ただの一兵卒で。・・・・戦死してしまいまして、
あの子、手紙もあまりよこさないものだから、その頃の暮らしぶりを知っている人がいたら、なんて」
そう言って寂しそうに笑う女性はとても儚げで、だからつい、言ってしまった。
「・・・名前を教えてください、一般兵でも知ってる奴は何人かいましたから」
戦場で命を落とす兵やソルジャーはそれこそ数えきれない。だからそこまで深く考えずに、そう答えたのだ。
そんな偶然など滅多に起こるはずがない。そもそも、「彼」がこの地の出身だなんて知りもしなかった。
「ルッツ、ルッツ・バウアーです。・・・ご存じかしら」
血の気が、引いた。 滅多に起こらないはずの偶然が、起こった。鼓動が早鐘を打って、胸が苦しい。
動揺をなんとか悟られないようにするのが精いっぱいだった。
「・・・いえ、残念ですけど知らないです」
笑顔で返したつもりだったが、ひきつりはしなかっただろうか。小刻みに震える手をぎゅっと握りしめて背中に隠す。
「そう・・・。ごめんなさいね、変な事を聞いて」
先程とは逆に、明るく、しかし無理をしているのがありありと分かる女性の笑みに、ズキン、と胸が痛む。
「取材のご協力、ありがとうございました」
そう言って、足早にその場を去る。一秒でも早く、人目につかないところへ行きたい。
離れに止めておいた社用車に、駆け込むようにして乗り込んだ。
どうして、どうしてこんなところで彼の身内に会ってしまうのか。
日常の中で癒したつもりだった傷が、とたんに疼く。胸のあたりを押さえてシートにうずくまった。
それでも、動悸は治まらない。全身から汗が次々と噴き出てきて気分が悪かった。
きっとサイドミラーに映りこんだ顔は真っ青なのだろう。
「俺が、死なせたなんて・・・言えるわけが・・・・」
それが、きっかけだった。 平凡な毎日の中に埋もれるようにして、自分の中にある罪の意識に気づかぬ振りをしていただけだった。
しかし、ほんの数分の出会いは、パンドラの箱の鍵をいとも簡単に開け放ったのだ。
それから、日々の一瞬ごとに、何かと意識が過去に捉われるようになった。
ちょっと神羅のロゴマークが視界に入っただけで気分が悪くなったし、
出張などで出向いた取材先がかつて訪れた戦場だったりした日は、夜眠れなくなった。
殺しすぎていちいち覚えていないと思っていた記憶―――敵を切り捨てた時の断末魔、血飛沫、
その瞬間の瞳孔が開ききった敵の眼が、脳裏に現れては消える。
そんな浅い夢を繰り返し見ては、ひどく汗をかきながらうなされ起きる。時には嘔吐することもあった。
自分が何事もなく平穏に暮らすことを責め立てる意識が、確かにあった。
『いいか。お前らは俺が絶対ここから逃がしてやる』
『・・・アンタと友達になれて、うれしかったよ』
果たせなかった約束と、最後にやっと敬語をやめてくれた友のセリフもフラッシュバックする。
何もかもを背負って生きると、決意したのではなかったか。このまま、流されてしまうのか。
「・・・顔色が悪いぞ。このところ体調も良くないようだし、大丈夫か?」
この出版社に誘ってくれた上司のデスクの前で、カンセルはその上司に顔を覗きこまれている。
「いえ、大丈夫ですよ」そういって笑ってみせた。
「せっかくあなたが与えてくれた仕事ですからね、そう簡単には手放せません」
「そうか、それなら大丈夫だな。あんまり無理すんなよ」
不精髭の生えた口元が、ニヤリと笑う。人の良い上司なのだが、
残念ながらカンセルの心の内に気づくほどの細やかさはないようだ。もし、この場にいたのがアルフレッドなら、即座に
「お前、今すぐうちに帰れ」と言うだろう。
そのアルフレッドは、メテオ後に発足されたW.R.O.に入隊、前線で活躍していた。
「俺は、これしか芸がないからさ」
寂しそうに笑った彼の顔を覚えている。お前は来ないのか、と聞かれて、カンセルは首を横に振った。
「闘うのは、もういいよ」
彼の誘いを断った。アルはそうかと頷いた。
過去から離れたくて今の仕事に就いたのに、結局は捕まって、ずるずると引き込まれそうになっている。
意味ないじゃん、と頭の中で自分を嘲笑った。
それに、今彼の手に握られているのは環境雑誌向けの新たな取材の資料。
メルトダウンした魔晄炉のその後の周囲環境に及ぼす影響について調査するものだった。目的地は―――ゴンガガ。
ここだけは行きたくないと思っていた場所だった。
そこは、黒髪の友が言っていたとおり、寂れて何もない小さな村だった。
村というよりは、集落に近いかもしれない。
なるべく人に会うのを避けたかったカンセルは、
嫌なことを先送りにする弱気な自分自身にやり場のない苛立ちを感じつつ、先に魔晄炉の跡地へ向かった。
使い物にならなくなったその巨大な轍の塊は、今も放置されたまま、所々に錆を浮かせて村のはずれに居座っている。
鞄から魔晄濃度を測定する小型装置を取り出し、地面に端子を突き刺す。
ピピピ・・・と電子音を響かせて液晶に弾き出された数値を端末に打ち込み、端子を抜いては新たな場所に突き刺す。
その単調な作業を繰り返し、しばらく続けていた。
さて、いくらか写真も撮らないと、とカメラに手を伸ばしたときに、不意に後ろから声がした。
「あなた!」
振り返ると、老齢の女性が立っている。カンセルと目が合うと、こちらへ駆け寄ってきた。
「あなた、ザックスのお友達ね!!」
とても嬉しそうに、カンセルの手を握ってきた。頬は少し高揚し、友によく似た、大きい黒眼を輝かせている。
―――間違いない、ザックスの母親だ。一番会いたくなかった人だ。
「ごめんなさいね、急に声をかけたりして。お仕事でいらしたんでしょう?」
そう話しかけながら、彼女はキッチンでお茶を淹れている。
ザックスの自宅に招き入れられ、カンセルは動揺していた。
そもそもザックスの身内に遭遇するのを恐れて村内の取材を後回しにしたのに、よりによって魔晄炉の前で母親に会うとは。
それに、初対面であるはずなのにいきなり「ザックスの友達」と声をかけられ、満面の笑顔で手まで握られてしまった。
彼の事をこれから質問されるに違いない、どう答えたらいいのか、それだけでカンセルの頭はいっぱいになっていた。
彼女からの他愛のない問いかけにもああとかええとか、いまいちはっきりしないような返事ばかりを返す。
「どうぞ」暖かい色のお茶を差し出され、おずおずと礼をした。
「あの・・・何で俺がザックスの友達だとわかったんですか?」
まずはさしあたって、当初の疑問をぶつけてみる。
「ああ!それはね」
明るい声でフフフと笑うと、壁にかかったコルクボードを指差した。
「あの子がね、よく写真を送ってきたのよ。あなたが一番多く写っていたから、よく覚えていたわ」
そのコルクボードには、何通かの便箋と共に何枚かの写真が貼り付けられていた。
写真には、自分とアルフレッド、ルクシーレ、アンジールや他のソルジャー達がわいわいと食事をしていたり、
雑談していたりする様が写っていた。中には、カメラの方を向いてしかめっ面をしたまま何やら言うアンジールの肩の向こうに、
苦笑いを零すセフィロスが小さく写っているものもあった。
「少し顔が大人びたけど、すぐにわかったわ。すごいでしょう?」
何やら誇らしげに語る彼女は、とても明るく、よく笑う。なるほど、彼の性格はここからきているらしい。
「そのボードには最近貼り付けたんだけどね。せっかくの写真も、飾らないともったいない気がして」
そう言って、カップの紅茶を一口飲むと「うん、おいしい!」と満足げに微笑む。
「こんな写真、いつの間に撮っていたんだろう。全然気づかなかった・・・」
カンセルは呟くと、はたと思いつき、振り返った。
「アイツ、手紙には俺のこと、何か書いてました?」
「えぇとね、『他人の噂話が好きな、メール魔で地獄耳。アイツに弱みを握られるとひとたまりもない』って」
「あの馬鹿・・・」友の実母の前で、うっかり堂々と悪態をついてしまった。
「でも『友達の中で一番俺の心配をしてくれる』とも書いてあったわよ」
カンセルは、不意の言葉に照れてしまった。頬が少し熱くなる。
なんだ、判ってんなら心配させんじゃねーよ。無鉄砲野郎。
本人がもしいたら、照れ隠しに後頭部をハイジャンプで蹴飛ばしながら言っていただろう。
「他にはね、アンジールっていう先輩は『何かと世話してくれるけど時々うっとうしい。でも頼りになる』って」
うっとうしい、ね。どっちかというとまとわりついてたのはザックスだろ。
正直にありのままを伝えていないのは、母に対しての恥じらいだろうか。そういう歳でもないだろうに。
「ルクシーレくんは、『ちょろちょろして小動物みたい。時々何考えてるのか判らない』」
“子犬”のアイツには言われたくないだろうな、ルクシーレも。
「アルフレッドくんは『ぼーーーーーっとしてる。でもいつも無傷』って」
「ハハハハハハッ!!」
最後のアルに対する一文だけは、幼稚なのに的確なその表現が爆笑を誘った。
アルは飄々としていて、つかみどころがない。実際に戦場でも、ぱっと見はぼんやりしているように見えるが、
実のところ周囲に対する観察眼は鋭いものがある。いつも穏やかで、それでいて戦闘能力は並々ならない。
彼が大怪我しているのを見たことがないほど回避率が高いのは、要は素早さがずば抜けているのだ。
それが普段のアルの印象とギャップを感じさせるのだが、
おそらくザックスはそれを簡潔に説明したつもりだったのだろう。国語力に乏しいザックスらしい一文だった。
それからザックスの母親は、次から次へと幼少時のザックスの武勇伝を披露した。
隣の家の柵を英雄セフィロスの真似をして振り回した鉄パイプ(魔晄炉あたりから拾ってきたらしい)で見事にへし折り、
怒られるのを恐れて墓地で身を隠しているうちに日が落ちて、
真っ暗な墓地の中で突如吠えた野良犬の鳴き声に恐怖して半べそをかきながら家に帰ってきたことや、
サンタクロースの逸話を聞いた後に、本当に煙突から出入りが出来るのかを実践しようとして煙突の天辺で足を滑らせ、
サンタどころか「三匹のこぶた」の狼並みの勢いで灰の中に落ちてきた(火が点いてなくて本当に良かった)ことなど、
彼のわんぱくぶりにさぞかし手を焼いたであろう本人が実に楽しそうに語っている。
当時の苦労など時が経てば笑い話、ということか。
カンセルの方は、子供のころから何も成長してないな、と妙なところに感心しながら、
尚も続けられるエピソードの数々に腹がよじれる思いだった。もはや仕事のことはすっかり忘れ、
彼女の話に聞き入るうちに、ふと、気付いた。
彼女は、話す。
息子の友人に、たくさん話しかける。我が子がそばにいた頃の楽しい思い出を。
しかし、息子が自分の手を離れ遠いミッドガルへ旅立った後の話を、彼女は一切カンセルに尋ねようとはしない。
普通なら、―――連絡が潰えたなら尚更、子供のその後が気になるのが親というものではないのか。
「あの、・・・・聞かないんですか」
会話が一区切りついた隙に、尋ねてみた。
「何を?」きょとんとして、彼女はカンセルに聞き返す。
「その、ザックスが・・・どうなったのか、とか」
言ったあとにしまった、と思った。彼の死や、それに至るまでの経緯を語るのが苦痛で避けていたのに、
うっかり自分から話題に出してしまった。しかし聞かずにはいられなかった。彼の母親はカンセルの目の前で、
そっくりの笑顔を浮かべながら話をしている。その姿とルッツの母親が見せた寂しさを含んだ笑顔とのギャップがありすぎた。
同じ子供を無くした女性なのに、どうしてこうも違うのか。
「・・・・ザックスは、もういないのでしょう?」
彼女の言葉に、俯いていたカンセルは弾かれるように顔を上げた。その様を見て、彼女が初めて複雑な表情を見せた。
「知っていたんですか」
「誰かに知らされたわけじゃないの。ただ、なんとなく。唐突に手紙や電話が来なくなって、そのままもう7年経つわ。
初めは訪れる人が神羅の人間だと分かれば、手当たり次第、息子の消息を尋ねた。でも結局わからなくて。
何年くらい経った頃かしら、・・・はっきり覚えてはいないのだけど、一人、きれいなお嬢さんが訪ねてきたの。
『ザックスがここへ来ていないか、来たら知らせてほしい』って」
「女性が?」
なんだアイツ、女に追っかけまわされてたのか?教会の彼女だろうか?
全く隅におけんヤローだ、それとも二股か、などと全くもって見当違いなことをカンセルは考えてしまった。
俗っぽい思考に走るのは、そもそもザックス自身が女性関係に明るかったことによる。自分自身も人の事は言えないのだが。
「きれいな、ウェーブがかかった髪で、ネクタイにスーツ姿だった。
女性にしては堅苦しい服装だったからよく覚えてる。かわいらしい顔してるから、つい、お嫁さんに来ないかって誘っちゃったわ」
ネクタイに、スーツ。タークスだ。
つまりは、ザックスがニブルヘイムから逃亡した頃の話らしい。
ここで初めて、カンセルは彼が最後に親に会う権限をも奪われていたことを知った。
逃亡中のターゲットが逃げ込みそうなところに先回りすることは常識といえば常識なのだが、
カンセルはこのことに改めてショックを受けた。それだけザックスが追い詰められていた、ということでもある。
「しばらくはね、その子がちょくちょくここに来てくれて、何をするでもなく、ただ私たち夫婦の話し相手をしてくれたわ。
本当にうちの娘にならないかといえば、困った顔をされちゃったけど。でも、彼女も突然、ぷつんと音沙汰が無くなったの。
ザックスとの繋がりが切れてしまったみたいで、しばらく私も落ち込んでしまって」
タークスの人間がそんな事をするとは。
カンセルにとっては少々信じがたい話だ。冷徹で非情。タークスとはそういうものだと思っていた。
「・・・それからまたしばらく経つと、今度はあなた達と同じ、青い瞳の男性が訪れた。
他に女の子が二人。眼の色ですぐにソルジャーだって判ったから、息子を知らないかと聞いてみたんだけど・・・知らないって。
でも、連れていた女の子が様子がおかしかったの。初めはどうしてなのか見当がつかなかったけど、彼らが帰ってから思ったわ。
ああ、あの子はきっと息子を知っていたんだわって。
それに気づいた瞬間、なんとなくだけど、もうザックスはここには帰らないなって思ったの」
そう話して、カンセルの方をゆっくり向きなおす。そしてこう言った。
「あの時の女の子が、私たちに何も話そうとしなかったのは、きっと話すのが辛いから。
ザックスがいなくなったことで傷ついているのは、私たち親だけじゃない。
それはそれだけ、あの子がたくさんの人に慕われていた証拠でもある。・・・とてもうれしい事だわ。
ならば、息子を慕ってくれた人たちが穏やかに暮らせるように願うのが私の勤めのような気がするの。
私の我儘で、そんな人たちに辛い思いをさせてはいけない。でもね、やっぱり子供の事は知りたいと思ってしまうの、親のエゴよね。
だから、あなたがこれから精一杯に生きて、あの子の事を思い出しても平気なくらい幸せになったら、
その時に私たちのところに来て、話を聞かせて頂戴・・・ね?」
彼女はカンセルの手を握り、やさしく微笑んだ。
きっとザックスが子供の頃は、同じように彼の手を優しく包んだに違いない。
その背にのしかかる罪に押しつぶされそうな、弱い自分がもどかしい。目の前の女性はとても強くて、凛々しかった。
「・・・ごめん、なさい。今は、まだ・・・」
嗚咽が漏れた。今はまだ話せない、許してほしいというつもりだったのに、溢れる涙に邪魔された。
彼女はそれを理解したように、黙ってやさしくカンセルの頭を撫でた。
子供扱いされて恥ずかしかったが、それでも撫でる手がなんだか心地よくて、そのままでいた。
強く、強くなろう。いつかこの人にちゃんと話そう。ルッツの両親にも会いに行こう。
今はまだ弱くて、行けないけど。これから、強くなってみせる。だから、ザックスごめん。今だけこの人の手、俺に貸してくれ。
「駄目だ」 憮然とした表情で机に頬杖をつきながら、上司のダンはカンセルに言い放った。
「今神羅の悪行の本なんぞ出しても、誰も読まん。時期尚早、ただの思い出したくない悪夢だ。せめてあと10年待て」
まだ立ち上げて間もない小さな出版社。
それでも新たな娯楽を欲しがっている市民には受けて、発行した書籍類は軒並み好調な売れ行きである。
社員も少しずつだが増えつつあって、安い家賃で借りている事務所も手狭になってきた。
その小さな事務所の真ん中にあるデスクの前で、カンセルはダンに頭を下げていた。
「今すぐ出版する必要はないんです」
カンセルの言葉に怪訝な顔をする。口に咥えっぱなしの煙草を灰皿に置いて、崩していた姿勢を前に向きなおした。
「・・・だったら取材も今する必要はないだろう?お前は何をやりたいんだ」
「今じゃないと、調べられないかもしれないので。崩壊した神羅ビルの中に入りたいんです」
そういうとカンセルは、ダンにニブルヘイムでの人体実験の話を大まかに話した。被験者が自分の友人であることは伏せた上で。
「もう数年経つと建物の劣化が進んで危険なので、あのあたりをW.R.O.が封鎖するかもしれないらしいんです。
この事件に関わる資料があのビルには眠っているはずです。自由に行き来できる今のうちに持ち出したいんです」
カンセルの話は、半分は本当である。アルフレッドが「今のところは未定だけど」と酒の席で話したことだ。
これを上手く口実に使って、事件の事を詳細に調べたかった。あとは、自分の体が自由になる時間を確保するだけだ。
ザックスの母親と話したあと、カンセルは一つ、決めたことがあった。
いつか彼女たちに逝ってしまった友の話をするときに、可能な限り知り得る事実を話してあげたい。
それが結果的に歓迎されるかどうかは判らない。知らないままでいた方がいいこともあるかもしれない。
でも、事件の背景をカンセル自身も細かく知っておきたい気持ちがあった。
過去に捉われた彼が、なんとかあがこうとして歩んだ第一歩である。
「今だって入るのは危険だろう・・・そうか、お前ソルジャーだったな」
ダンは、目の前の部下が常人とはかけ離れた体力の持ち主であることを思い出した。
「現役退いてからしばらく経ってるから、なまってると思いますけどね」
苦笑いをしてカンセルは、再び頭を下げた。
「お願いします・・・ちょっと俺自身にも必要なことなんです。取材に当たっている間は、無給でもかまいませんから」
その様子を見て、彼の上司は溜息をついた。
「・・・・個人的になんか絡んでんのか。まったく、仕事に私情を持ち込むんじゃないよ」
やっぱり駄目か、とカンセルが肩を落とした時、急にダンが立ち上がった。
何事かとカンセルは黙ってダンの行動を見守る。
ダンは社員のスケジュールを書き込むボードの前に行くと、おもむろにペンを握ってカンセルの欄にこう書き込んだ。
『出張・ミッドガル→ニブルヘイム 帰社予定日・未定』
ダンは振り返ってこう言った。 「ただし、他の仕事も同時進行でこなせよ。資料は必ず見つけてこい。
10年後に出版するまで、他社に情報を取られちゃかなわん」
ニヤッとヤニで汚れた歯を見せて笑うと、カンセルの顔が輝いた。
「ありがとうございます!!」
言うが早いか、カンセルは荷物を持って飛び出した。
まず調べることは、もうひとりのサンプル。魔晄中毒を患っていたという、一般兵の消息だ。
ターゲットをピンポイントで追跡していたタークスなら、個人名まで把握していた可能性がある。
目指すは、タークス専用のブリーフィングルーム。
「神羅ビルのエントランスは破壊されつくしていて、入れないだろう?」
「エレベーターも、動かないし」
クラウドとティファが口を揃えたようにカンセルの話に異議を唱えた。
それを聞いてカンセルが、口元で人差し指を振りながら、チチチ、と舌を鳴らす。
「それがあったんだよ、もう一か所入れる場所が。・・・まぁ、ちょっと体力がいるけど」
「あ」
「なるほど!」
二人が顔を見合せて、頷く。
「裏口の非常階段!」ティファが得意そうに答えた。
「正解」カンセルも笑顔で返した。
「といっても流石に完全に無傷、というわけじゃなかったな。何箇所か壁が崩れていたし、
タークスが使用していた部屋は63階にあって・・・そのすぐ上の64階からは、ウェポンの攻撃でぐちゃぐちゃだ。
とにかく、いつ崩壊してもおかしくないからな、少し動くにも神経尖らせとかないと行けなかった」
「・・・普通に駆け上がるより疲れそうね。ただでさえしんどいのに」
ティファは、目線を天井に巡らせて、何やら思い出しているようだ。しばらくすると、顔を赤くしてしかめっ面をした。
「あの階段、上ったことあるの?」カンセルがきょとんとして聞く。
「あ、あぁ・・・ちょっと」何故かしどろもどろに返すティファ。
クラウドはというと、微妙な顔つきをして黙っている。やはり少し顔が赤い。
何かあったみたいだが、まぁ、後で聞くことにしようかと思いなおして、話を続けることにした。
「着いた・・・」部屋の入口の壁に手をついて、ハアハアと乱れた息を整える。
流石にこの階まで階段をあがるというのは、大変だった。ソルジャーやってて良かったと、この時ほど思ったことはない。
ゴールであるタークス用のブリーフィングルームは、部屋の主であるツォンの生真面目な性格が表れているように、
無駄なものは何一つなく、綺麗に整理されていた。年月が経って埃にまみれてはいるものの、これなら資料も状態がいいだろう。
「どっかの誰かさんの部屋とは大違いだな」思わず独り言を呟く。
自分の上司もこんな人ならよかったかな、などと思いながら利き手にグローブをはめ、
ファイルが詰まっている棚のキーを思いっきり殴った。
カードをスキャンするタイプのそのキーは、真ん中からパックリと割れてバチバチと火花をあげている。
レバーを横に引くとドアが開いて、中身が姿を見せた。
「おー、・・・俺まだ現役でいけるかも」これもまた、独り言。
中には様々な色のファイルがケースに入れられ、さらに一つずつ鍵が取り付けられた状態で陳列していた。
それぞれに1から9までの数字の書かれた小さなボタンが付いている。
「昔取った杵柄、だな」
自分の鞄から小型の端末を取り出して、コードでケースの液晶部分につなぐ。
起動した端末に何やら打ち込むと、しばらくして数字の羅列が画面上に現れた。カンセルは、パスワードを解析したのだ。
しかし、ファイルは相当な量が棚に入っている。ここまで厳重に保管するのだ、
もちろんファイルの内容を示すタイトルなどは外装には示されておらず、一つ一つ調べないと中を確認できない。
カンセルは根気よく、一つずつパスワードを解除し調べて行った。そうして、一体何冊目だったか。
黒い表紙のファイルがケースから出てきた。
<Nibelheim>
一枚目のページににそう記されたファイルには、ニブルヘイムで起こった出来事の概要と、
関わった人物の写真入りデータが挟まっていた。
セフィロスが、宝条の手による非道極まりない実験の結果、生を受けた存在であること。
そのセフィロスが任務でかの地を訪れた際に己の出生の真実を知り発狂、村で虐殺を行ったこと。
彼の暴走を止めるべく、同行していたソルジャーと一般兵がセフィロスを追い詰め、彼が魔晄炉へ落下したこと。
瀕死の重傷を負った二人の功労者が神羅の隠蔽体質の犠牲となり、モルモットとして4年間、ビーカーの中に閉じ込められたこと。
そして、彼らの逃亡。
記されている内容に眩暈をもよおすようなショックを覚えながら、それでもカンセルは読まなければ、とページをめくった。
関係者のデータを見ると、セフィロス、ザックスの他にもう一人、金髪の少年の写真があった。
Cloud Strife
Birthday 【μ】‐εγλ 1986/8/11
B:Type AB
Hometown Nibelheim
さらにその下には身長、体重などの身体データと階級。写真を見るに、まだあどけない10代の少年だった。
「クラウド・・・クラウド・ストライフ・・・」
その名前を声に出して読んでから、カンセルは考え込んだ。
どこかで聞いたことがあるような気がする。どこだったろうか、気のせいだろうか。いいや、確かに聞き覚えがある・・・・・。
「あぁっ!!」
「え、何で・・・」クラウドが話しの途中に割り込んできた。
自分の名前を聞き覚えがあるというカンセルと面識があるはずがないのだが、直後のカンセルの一言に、合点がいった。
「『お尋ね者、クラウド一味』のクラウド、でしょ?」
フフっと笑いながら、カンセルはクラウドを見やる。クラウドも思わず、プッと吹いてしまった。
「そうか・・・そうだよな、ソルジャーだったら知ってるはずだ」
「俺も、まさか同一人物だとは思わなかったな。
ビルに潜入したらしいことは後から聞いていたが、裏の階段を使ったのはその時か?」
「そのとおりだ。結局は見つかって一度捕まったけどな」
「・・・で、二人してさっき口ごもっていたけど、何かあったのか?」
「い、いや・・・」クラウドはまたも赤くなり、カンセルから目を逸らす。
「・・・あんまりそういう態度をとられると、よけいに気になるんですけどね」
少々意地悪な顔つきで、カンセルは食い下がってみた。
初めはクールで近寄りがたいイメージだったが、どうもそうでもないようだ。
・・・からかいがいがある、といえば意地が悪すぎるだろうか。
決まり悪く眉を寄せるクラウドだが、
興味津々の目でクラウドの泳ぐ視線を捕えて離さないカンセルを見て逃げ切れないと思ったらしい。ぼそりと小さく呟いた。
「その・・・ティファが俺より先を上っていて、ティファがミニスカートだったものだから」
「中身が見えて、彼女に殴られでもしたのか」
「な、殴られてはいない」
慌てて否定して、ドツボにはまった。語るに落ちるとはこのことだ。
カンセルの方はと言えば、大の大人で女性も真っ青のクールビューティーの顔つきのクラウドが、
パンチラごときでうろたえている様に呆れ半分、驚き半分。
見た目に反してウブな一面を見せた彼に、実はこの二人、思っていたほどの仲ではないのではないかと考えてしまった。
それとも自分が単にヨゴレなだけなのか。
困ったクラウドは、そこでようやくこんなことを話題に晒したことで彼女が怒ってしまったのではと気付き、
慌ててティファの方を見た。が、彼女の姿が見当たらない。
「・・・ティファ?」
少し身を起こしてカウンターの奥を覗くと、薄暗い照明にも艶やかに輝く彼女の黒髪が、キッチンの上に扇状に広がっていた。
その髪に隠れるように彼女の寝顔が見える。自分の腕を枕代わりに眠ってしまったらしい。
「寝ちゃったのか」
カンセルがクラウドと同じようにカウンターを覗き込みながら、眠そうだったもんな、と呟いた。
「最近、新しいメニューを考えるとかで遅くまで起きていたからな。疲れていたんだろう」
彼女の寝顔にフ、と笑みを漏らしたあとにクラウドは、彼女の体を起こさぬようにそっと抱きかかえた。
「ベッドに寝かしてくる」
そういって、奥の階段を上って行く。カンセルはその背中を見送りながら、やはり先の考えは誤りだったのかとも思う。
「いいなぁ・・・俺も彼女欲しい」と独りごちた。
クラウドが席に戻ってきた後も、カンセルの話は続いた。
神羅ビル内を探索したあとニブルヘイムに向かい、すでに主なき廃屋と化した神羅屋敷でより詳しい情報を得ることができた。
セフィロスの出生時に彼に施された実験の詳細と、ソルジャーという兵器を生み出すきっかけになったジェノバの存在。
捕えられたザックスとクラウドがその身に受けた実験の内容。
古代種についても、ここの蔵書を調べればある程度理解することができた。
一応、住人にも話を聞いては見たが、やはり昔から住んでいたわけではない彼らは大した知識や情報を持ってはいなかった。
宿をとり、数日かけて屋敷内の蔵書を調べ尽くして、
神羅がはるか昔から人道に背く行為を行っていた事実をまざまざと見せつけられた。
ニブルヘイムに滞在している間も、カンセルは悪夢にうなされた。
それ故に体調も優れはしなかったが、ザックスの母にかけてもらった言葉だけを支えに、懸命に調べた。
屋敷の地下には、大きな二つの実験器具もそのまま放置されていた。
片方はガラスが割れ、再び使用することは困難であるように見えた。
もうひとつは、扉部分をだらしなく広げたまま、佇んでいる。
カンセルは、それらをゆっくり見回した。
何年も放置されたそれらは埃だらけで、僅かに底に残る液体からはかび臭い匂いがする。
ほんのり淡く緑を放つ色で、かろうじてその液体が魔晄を帯びているのがわかる。
ガラスが割れていない方の機械の左手に回り込むと、ガラスに傷が付いているのが見えた。
眼を凝らすと、文字であることがわかる。内側からちゃんと反転させて書いたものらしい。
『ここから逃げよう』
もう一つのビーカーも調べてみる。ちょうど向い側のあたりに、同じように文字が刻んであった。
『エサの時間が チャンスだ』
見た瞬間、とてつもない哀しみに襲われた。
彼らがここで必死に生を繋げていた間、自分は一体何をしていたのだろう。
無力さを突き付けられたようで、やるせなかった。後悔ばかりがカンセルの心に打ち寄せて、流されてしまいそうだった。
誰かにすくい上げてほしかった。一番に手を差し伸べてくれそうな友は、今は遠く。
目の前でザックスを殺されたあの兵隊も、俺と同じように底なし沼でもがいたりしてんのかな。
クラウド、といったっけ。もし生きているのなら、会って話がしてみたい。
俺と同じ闇を、心に巣食わせているんだろうか。・・・それとも。
カンセルの次の目的は、事件の生き残りであるクラウドに会うことだった。
少なくともジェノバ戦役までは生存していることは分かっている。
そのあとの消息を調べるために人が多く集まるエッジに向かう途中、立ち寄ったカームで思いがけず情報を得ることができた。
「クラウド?あぁ知ってるよ、あのきれいな顔した兄ちゃんね。
時々この街にも来るさね。ん?何でって仕事だよ。あの人、運び屋やってんのさ。
私は頼んだ事は無いんだけどね、・・・そういえば、この向かいの奥さんがいつだったか荷物を頼んでいたよ。
彼女なら連絡先を知っているんじゃないかい?エルミナさんだよ、行ってみな」
街中にある雑貨屋の前で井戸端会議に花を咲かせていた女性たちに聞いてみると、矢継ぎ早に情報が出てきた。
おそらく噂話が元の知識であろうが、ジェノバ戦役の英雄と呼ばれる内の一人である彼が、
メテオを阻止する為に旅を続けていたこともこの時に知った。とても美丈夫だとか、
最近愛想が良くなってますますかっこいいわとか、私があと10歳若ければよかったのにとかいう話はそこそこ適当に受け流し、
とりあえずは名前を挙げられたエルミナという女性に会いに行くことにした。
「あそこのお嬢さんが、彼と一緒に旅をしていたんですってよ」
噂の好きな女性たちのひとりが、そう教えてくれた。
向かった先の家は、玄関先から家中に至るまで、たくさんの花が植木鉢から可憐に顔を覗かせていた。
テーブルには切り花がガラス製の花瓶にセンスよく飾られている。
花が好きなのかと主に聞けば、彼女は首を横に振った。
「私じゃないんだ、・・・娘が好きでね」
言葉少なに返事をすると、エルミナは茶色い棚の引出しを覗きながら中を探り出した。
「娘さんは、外出されているんですか?」
純粋に、男としてかわいらしい趣味を持つ彼女の娘に興味が湧いたので、カンセルは何も考えずに聞いた。
その問いにエルミナは振り返らずに、手を忙しなく動かしたまま返事した。
「二年前にね、死んじまったよ」
しばらく固まったあとに、不用意な質問をしたことに気づいたカンセルはあわてて謝罪した。
「・・・すいません」
急にしおらしくなったカンセルの声色にふいに振り返ったエルミナは、
「いいんだよ。別に気にしてないさ・・・あ、あった」
そう言って笑いながら、一枚の薄い紙を手にテーブルへ戻ってきて、その紙をカンセルの目の前に置いた。
「クラウドの連絡先は、ここだよ。エッジで『セブンスヘブン』という店を聞けばすぐにわかるよ。
・・・職場がエッジなら、あんたも聞いたことぐらいあるだろう?」
確かに職場はそうだが、住所を見ると反対方向の通りのようだ。
広い上に細かい路地が密集した街をすべて把握するのは、例え街中に住んでいても困難なのが事実だ。
店の名前も聞いたことがあるのかもしれなかったが、多忙ゆえにそういう話題に疎くなっていたカンセルには検討がつかなかった。
「・・・行ってみます、ありがとうございます」さっきのおとなしい口調のままで礼を言う。
「・・・なんでクラウドを探してるのか聞いてもいいかい?」
そう問われて、カンセルは何から説明していいものやら考えた。
別に隠すつもりはないのだが、何もかもを話せば長い話になるし、部外者に分かりやすく話すにはそれなりに根気がいる。
しばらく黙って考えて、かなり大雑把な説明をすることにした。
「俺の友達が昔死んだんですけど、彼が最期を見届けてるらしいので。話を、聞きたいんです」
「そうかい・・・私はまたよけいなことをしたかもしれないねぇ」
彼女の言ったことの意味が分からず、怪訝な顔を露わにしたカンセルに、エルミナは言葉を続けた。
「少し前に、私は彼に荷物を頼んだのさ。花束をひとつ、娘の墓に届けてほしいとね」
『あそこのお嬢さんが、彼と一緒に旅をしていたんですってよ』
先刻カンセルに情報を教えてくれた女性の一言が思い出された。
「クラウドは快く引き受けてくれたけど、実のところはどうだったのかと、後になって思ったよ。
私のしたことが、クラウドを追い詰めることになりはしなかったか、てね」
「娘さんは・・・彼との旅の最中に・・・?」
恐る恐る問うてみる。エルミナは、頷いた。
「そうだよ。クラウドは仲間と旅が終わった後に、娘を、エアリスを守れなかったと謝りに来たよ。
どんなにか、辛かったろうね。それなのに私の心配ばかりして、あの子たちは馬鹿だよ」
そういってエルミナは溜息をついた。娘の仲間たちを本当に大切に思っているようだった。
しかしカンセルは彼女の口から出た人の名に驚いていて、エルミナの溜息の理由にまで気が回らない。
「・・・今、エアリスっていいました?」
眼を見開いたまま、再び彼女に問いをぶつける。
「・・・娘の名前だよ。あんた、エアリスを知ってるのかい?」
エルミナも驚いてカンセルに聞き返す。
「知ってるも何も。・・・俺の死んだ友達というのは、ザックスです」
エルミナはさらに驚いた。娘の初恋の相手も、すでにこの世にはいないというのだ。
カンセルは、数回会っただけの、それでも印象に強く残るほど可憐な笑顔を見せる彼女を脳裏に思い出していた。
壊れた花売りワゴンの修理をザックスに頼むのだと頑なに譲らなかった少女は、クラウドに出会い、共に旅をしていたのだという。
何という巡りあわせだろう。三人の出会いに、何か運命的なものを感じずにはいられない。
「そうかい、どうりで音信不通なわけだ」
腑に落ちた、という顔つきでエルミナは頷いた。
それでは突然姿を消したザックスに恨み事を言うわけにはいかないね、と苦笑いしながら、
彼女はカンセルにひとつ、頼みごとをした。
「いいかい、あんたがクラウドに話を聞きに行くのは構わない。
どうせ止めたっていくんだろうしね。それにどのみちあの子もいつかは乗り越えなければいけないのだろうし。
でも、あんたにクラウド達の幸せを奪う権利はない。クラウドが話したがらなければ、それ以上聞くのは止めておくれ。
無理強いはしないと約束してくれないか」
「それは、もちろん。聞かれたくない気持ちは、解っているつもりです」
まっすぐ碧い瞳で見つめ返しながら、カンセルはエルミナに誓った。
いや、エルミナと話す前からカンセルが決めていたことだ。相手の傷を抉ってまで知りたいとは思わない。
自分も同じ傷を負っているからこそ、解る。
カンセルはエルミナに感謝と別れの言葉を送り、彼女の家を後にした。
さあ、あとは件の店を目指すだけだ。口実はどうしようか。
最近、エッジで召喚獣が暴れる騒ぎがあったと、カームの女性たちに聞いた事を思い出した。
『彼がおっきな剣振り回して竜の化け物をやっつけたとこをうちの姪が見てたのよ~。
避難もせずに、馬鹿でしょ~?竜が真上に落ちてきたらどうするつもりだったのかしら』
顔の真横で手をパタパタと振りながら豪快に笑って話すのを、
彼女たちにかかればどんな大事件も漫談に変えられてしまうかもしれないなと思いながら見ていたのでよく覚えている。
「取材」という名目で近寄るなら、昔の事を突くよりこのことについての方が警戒されなくていいかもしれない。
よし、そうしようと小さく呟き、足早に歩きだした。
「・・・・以上、俺の話、おしまい」
ふーっと息をついて、すっかり薄まってしまったグラスの中身を飲み干した。
おかわり、といいたいところだが、ティファが眠ってしまった今はそれは叶わない。
少し火照った自分の頬の温度に気付いて、それ以上の晩酌は控えることにした。
「今度は俺が話す番か」
隣でクラウドがどこから話したらいいかな、とカンセルに呟いた。
「じゃあ、逃亡するあたりから」
カンセルがそう言うと、クラウドは少し困った顔をした。
「・・・そのへんはまだ症状が重かった頃で、よく覚えていないんだ。断片的だけど、いいか?」
かまわない、と即答したカンセルに向かって笑みをこぼす。
そうしてまた、長い長い話が始まった。
クラウドは、当初抱いていたカンセルのイメージがかなり偏見に満ちたものだったことを自覚し、反省した。
彼の話を聞くうちに、クラウドがはじめに感じた「自分と同じ迷路に迷っているのかもしれない」という確信は、
さらに確固たるものになった。彼なら、話してもいい。話しても、傷口が開いて血が噴き出るようなことは無い。
一足先に迷路を抜け出せたものとして、クラウドは包み隠さず過去を話した。
クラウドの話を聞きながら、カンセルは自分が知った事実との符合を合わせていった。
逃亡中のかすかな記憶、がしがしと強く頭を撫でられたこと。
夢を自分に語るザックス、トラックの色が黄色だったことをおぼろげに覚えている。
自分を置いて、どこかへ歩き去る背中。無意識に手を伸ばした。
クラウドが意識を取り戻した時には、ザックスは既に丘の上に倒れていたこと。
彼の遺言代わりに受け継いだバスターソードを引きずって向かったミッドガルで、
幼馴染との再会を果たしたこと。それから、アバランチのメンバーとの出会い。
この時には無自覚だったが、彼の脳内で記憶や意識のすり替えがジェノバ細胞によって成され、
それが後々起こる事象に繋がっていったこと。
エアリスとの運命的な出会い。
アジトのあった七番街スラムの崩壊。大事なメンバーを失った。
死んだと思っていたセフィロスが現れ、彼を追うことが旅の目的となった。
旅をするうちに増えていった仲間たち。
所々で起こる、自分の記憶と事実との矛盾に、密かにティファが悩み、苦しんでいたこと。
旅をつづけるうちに少しずつ暴かれる真実。
突然訪れたエアリスの悲劇。
人知れず地の底で眠り続け、復活の時を待っていたセフィロスとの再会。
自らの体に施された実験の目的。宝条の荒みきった野望。
心が壊れ、ティファを傷つけたこと。彼女が絶望の淵から自分を救いだしてくれたこと。
はじめて仲間に見せる本当の自分。
堕天使に呼び出された巨大な隕石。
それを止める術が、エアリスの残したただ一つの希望だったこと。
神羅との対立。
大空洞の奥底でのセフィロスとの対決。
メテオの落下とホーリー。せめぎ合う中に現れたライフストリームの奇跡。
全てが終わったと自覚した中で、生き抜くことを決意したこと。
ティファが新たに始めた店の手伝いをする中で、自分にもできる仕事を見つけた。
皮肉にもその仕事が原因で、ティファやマリンとのすれ違いが始まったこと。
エルミナからの依頼がきっかけで、世界を巡る仕事に苦痛を感じ始めたこと。
慰めを求めて訪れた教会で、星痕を宿したデンゼルに出会った。
彼の登場のおかげで、取り戻しつつあった家族の団欒。
やがて発病した星痕症候群。生きることすら許されぬと再び絶望し、ティファ達の傍から離れたこと。
突如現れたセフィロスの思念体。
弱気になっていた自分を立ち直らせた仲間の言葉と、もういなくなってしまった人達。
そして、今。
クラウドが話し終えたときには、時計の針はもう明け方近かった。
カンセルが各地を廻って調べた事柄と、ほとんどつじつまがあう内容だった。
彼の半生を通して見た事件から、それらが彼の心のうちにどれだけ深く根付く闇となったかを知らされた。
彼もカンセルと同じ、心に傷を持つ者。しかし、彼の受けたその傷はカンセルのものとは比べ物にならない大きさだった。
友を失うだけではない、社会的地位も奪われ、記憶ですらも侵された。
彼の内面的なものも起因していたとはいえ、やはり原因はあのニブルヘイムでの実験である。
翻弄された人生を、それでもクラウドは未来を見据えて生きている。
少なくとも、今自分の目の前に居るクラウドには、カンセルの心のような陰りは見当たらなかった。
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