A Expiation in the Fair 5
- ネタバレあり(CCFF7、FF7AC)
- タイトル : A Expiation in the Fair
- 投稿者 : jumping
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4章 抗えぬ運命
ガコン、と音を立てて缶が落ちてきた。手には既にもう一つの缶コーヒー。それを持ってリフレッシュルームを出たアルフレッドは、真っすぐにエレベーターに向かう。
ソルジャーフロアの中に自販機を設置してくれないのは何故だろうと考えながら歩けば、
窓の外にいかにも都会的な風景が見えた。つい先日まで赴いていた戦地とは全く違う。
ウータイでの作戦は成功、負傷者7名、死亡者1名という戦果は、
過去の神羅軍の戦績においてトップクラスの戦績だった。
現場指揮者であった友は一躍注目を浴び、社内での知名度もかなりあがった。
社会に評価されつつある彼の、しかし晴れぬ思いはどうやったら拭ってやれるだろうか。
ドアが開くと、ソルジャーフロアのボタンを押す。
エレベーターが動きだすとガラス張りの壁にもたれて、深い溜息をついた。
「・・・いたいた」
フロアに着くと、通路の一角にあるベンチにもたれて、ぼんやり窓の外を眺めるソルジャーが見えた。
ウータイでの任務から2週間、彼はずっとあの調子だ。
「カンセル」彼の名を呼んで、手にしていた缶コーヒーを放り投げる。
カンセルは黙って、顔の前でそれをキャッチした。
「1st昇進祝い。おめっとさん」アルがふざけて言うと、
「・・・いらね」カンセルは表情を曇らせた。
「嘘だよ、ただおごりたくなっただけだ。黙って飲め」
「・・・・・」
カンセルはただ、じっと缶を見つめている。彼の様子を横目に、アルが缶を開けた。
「俺も、おかしなことを言ったもんだよなぁ」
口元に缶を運びながら話しかけた。突然で、カンセルには何の事だか分らない。
「何が」
「『今まで戦った相手の思いを背負ってる』って。それこそ自己満足だよな」
カンセルは、彼が戦場で一般兵達に言った言葉をゆっくり思い出し、「あぁ・・・」と小さく呟いた。
「俺は、なんでこんなに落ち込んでるんだろう」
「んあ?」
いきなり投げかけられた奇妙な質問に、今度はアルが頓狂な声をあげた。
「今まで仲間が任務中に死んで行くのなんて、嫌って言うくらい見てきたのに。
・・・なんでこんなにルッツのことに拘ってるんだろうか」
カンセルの告白を聞いて、アルは彼を見つめていた視線を正面に戻してから口を開いた。
「そりゃあ、アイツのせいだろ」
「あいつ?」下を向いていたカンセルが顔をあげる。アルは正面をじっと見たまま続けた。
「ザックス。アイツがいなくなって、たぶんお前、『遺された側の気持ち』を味わったんだよ。
生きてんのか死んでんのかはっきりしない、ある意味最悪の状況だ」
そう言うアルの頬に、窓から光が差し込んだ。暖かい色が、もう夕刻なのだということを知らせる。
「お前の心ん中に、すこん、と穴が開いたんだよ。ルッツは・・・きっとその穴を埋めてくれていたんだな。
ルッツと一緒だった間はお前、あまりザックスのこと考えずに済んでたんじゃないのか?」
そう言われてみれば、とカンセルは思う。謹慎自体は苦痛だったが、
ルッツと会話をしている間は、時が過ぎるのを忘れるほど楽しかった。
だからこそ、二度目の喪失は傷をさらに大きく、深くしたのだ。
それと同時に、そこまで自分の内側を看破しているアルフレッドにも驚いた。
「・・・お前、俺より俺のことに詳しいな」
「付き合い長いし、お前のこと愛してるしな」
さらっと言うアルの言葉に、カンセルの顔がみるみる青ざめる。アルとは反対の方向に少しだけ体をずらした。
「馬鹿か、本気にすんな。乗るか突っ込むかしろよ、こっちが引くわ」
「・・・だよね」
ギャグに気づかなかった自分に、やっぱり俺、最近どうかしてるなと呟く。
「ま、冗談はおいといてさ、そろそろしっかりしてくんないと俺らも困るわけ。
そんな状態で任務に就かれたら、足手まといもいいとこ。お前、5秒でハチの巣にされるぞ」
「・・・そうだな」
少し沈黙した後、カンセルが話し出した。
「なぁ、俺が無期限の謹慎からいきなり呼び戻された理由、お前判るか?」
「さぁ?」缶に口をつけたまま、アルは返事した。
「さっき、昇進の辞令を受けた時に聞かされたよ。兵器開発部門や都市開発部門からクレームが来たらしい。
ソルジャーに護衛任務を依頼しても、護衛どころかうちの人間が怪我して仕事にならんってさ。」
「ハイデッカーのせいでか?」
「他に誰がいるよ?で、誰か現場で指導力を発揮できる人間をってことで、俺になったらしい」
「えらく買われてるじゃないか」
「単なる消去法だろ。1stが一人も残っていなかったしな。ガハハは最後まで反対してたらしいし」
「嫌われてるなぁ・・・」
実は、カンセルが謹慎になる直前に彼の1st昇進は検討されていた。
理由は前述のハイデッカーの采配ミスの連発である。
ラザードや1stの面々が居た頃に比べて、明らかに戦果が悪化。
兵やソルジャーの士気の低下も著しく、ハイデッカーと軍の間にクッションの役割をする人物が必要だった。
そこで、当時の2ndではトップの成績だったカンセルに白羽の矢が立ったのだ。
しかし彼のハッキングが直後に発覚。本来なら軍法会議にもなりかねない事態だったが、
とにかく軍が機能していない状態で彼を手放すのは惜しく、かといって無処分にするわけにもいかない。
自分の権限が削がれることに立腹したハイデッカーがごねたのもあって、あの長期に及ぶ謹慎となったのだ。
ウータイでのミッションでカンセルを現場指揮に採用し、もし戦果があがれば昇進させる、駄目なら除隊。
この条件をスカーレットら他幹部に突きつけられ、ハイデッカーが渋々了承した結果だった。
先のアルの言葉に小さく笑うと、カンセルはアルに問うた。
「・・・俺は本当に1stになっていいのか?」
「そう上が評価したんだ。なって然るべきじゃないのか?」
「俺が聞きたいのは一般論じゃない。お前は、どう思う?」
「どう思うって・・・」
「俺は、1stの器が自分にあるなんて思えない。お前がどう思うか、聞かせてくれ」
アルは、迷った。自分が思っていることを正直にここで話せば、目の前にいる友人を余計に悩ますことになるかもしれない。
しばらく考えて、そして口を開いた。
「俺は、お前が1stになった方がいいと思う」
「・・・何故」
「お前、またザックスの調査、はじめる気だろ」
カンセルは内心ギクリとした。恐らく顔には出していないと思うが、自信はなかった。
「なぁ、もうやめないか?これ以上やっても上に睨まれて身動きが取れなくなるだけだ。
俺だって奴のことは心配だが、そのせいでお前までここから居なくなるなんてことは、俺は御免だぞ。
お前が1stの仕事に集中してくれれば、俺はそれでいいよ。一時でも、ザックスの事は忘れてくれないか。
“仕事”は、心の穴を埋める代わりにはならないか?」
アルは一気に自らの思いを吐露し、カンセルがどう返してくるかを見守った。
一見、友を切り捨てた冷たい台詞だが、そうではないことはカンセル自身が一番よく分かっていた。
現に、今からまた調査するといっても、もう調べるあてなどないのだ。
暫く黙って、そしてゆっくりアルの顔を見つめ返して、カンセルは答えた。
「・・・・わかった。そうする」
カンセルの返答にアルは安堵の表情を浮かべ、すっと立ち上がった。
「よし、やっぱやろう、昇進祝い。飯食いにいくぞ」
「え?」
「この俺様が珍しくおごってやろうと言ってるんだ。・・・嫌なら別にいいけど」
「あ、行く、行きますアルフレッドさん」カンセルも慌てて立ち上がった。と、後ろから声がした。
「やった、僕も連れて行ってくださいよっ!」
いつの間にかルクシーレがいる。立ち聞きしていたらしい。
「おい、ちょっとまて・・・」アルが言うより、ルクシーレが周囲に叫ぶのが早かった。
「おーい、アルさんがみんなにおごってくれるってよーーー!!」
「マジで?」
「先輩、一生ついて行くっす!」
「やったー!」
「ゴチになりますぅ~」
「俺も、俺も行きますっ」
「俺、焼き肉がいい!」
みるみるうちに増えていく参加者に愕然とするアルを見て、カンセルは2週間ぶりに涙が出るほど笑い転げた。
そして、冷汗をかきながら自分の財布の中身を確認している親友は、
自分がもし死んだら、同じように悲しんでくれるだろうか、と思った。
「それから4年、俺は1stの仕事に没頭した」
「どうして自分が1stに不向きだと思ったの?」ティファが尋ねた。
「上は、ウータイでのミッションで著しく悪化していた死傷率が改善されたことを評価したようだが・・・
そもそもハイデッカーの力量が無さすぎただけなんだ。俺は特別なことは何もしていない。
それに、目の前で後輩を一人死なせてる。俺自身をかばって、ていうおまけつきでな。俺が守らないといけなかったのに」
カンセルはクラウドが持っているグラスに視線を落とした。
「・・・やっぱ俺も酒飲もうかな。それ、何?」
「アースクエイク」ケロッとした顔で、クラウドは答える。
「さ、酒強いのね・・・同じものを頼もうと思ったけど無理だな」カンセルは苦笑した。
「じゃあ、何か別のを作りましょうか」
ティファが素早く席を立ち、いろんな酒瓶が立ち並んだ棚を前に、思案し始めた。
さて、何を作ってくれるのか。待ってる間に、少し話を進める。
「・・・アルフレッドは、純粋に俺の心配をしてくれたんだ。
アイツのおかげで、俺はソルジャーを続けられたんだろうと思う。
でも、その一方で、ザックスのことを忘れる日なんてなかったよ。
後ろめたさっていうのかな、ここで俺が日常を送っている間にも、
アイツはどこかで苦しんでるんじゃないかって、ずっと考えてた」
「・・・・」クラウドは黙って聞いている。
「ルッツの事も、影響してたのかもしれない。ザックスを助けようともせず、
毎日を過ごす自分が罪深く思えて仕方がなかった。
でも、一度埋没してしまうとそこから抜け出す勇気もなかなか出ないもんなんだな。
全てを捨ててまで、アイツの事を探す行動力も、もう持てなかった」
言葉の合間に、ティファがリズムよくシェーカーを振る音が聞こえる。
「4年間も、よく悩み続けたもんだ。自分でも呆れる」
「・・・少し、解る気がする。俺の場合は2年だけどな」
クラウドが呟いた言葉に、少しだけ驚いたようにカンセルは、クラウドを見つめ返した。
「・・・俺の話は、後だって言ったろう?」
「そうだったな」
二人がフッと笑みをこぼすと、ちょうどティファがグラスをテーブルに置いた。
「はい、スクリュードライバー。このくらいなら平気?」
「あ、大丈夫。ありがとう」
カンセルが笑顔でティファに礼を言う。
「どういたしまして」
「・・・別名、『レディーキラー』だ。調子に乗りすぎると、つぶれるぞ」
少し意地悪そうに口元を歪ませ、クラウドがからかった。
「・・・肝に銘じとくよ」
肩を竦めて、一口啜った。
その頃のカンセルにとって、資料室はもはや庭だった。
現場責任者たる肩書きを背負って以来、彼の仕事は現地での任務以外に、デスクワークも大幅に増えた。
しかし、指令室は例によってハイデッカーが居座っているため、彼は自分用のデスクを持たない。
結果的に、兵法などの資料集めも兼ねてここに入り浸るのが常になってしまっていた。
「・・・たまにはトレーニングでもしよかな、体がなまりそう・・・」
そう言って、大きく伸びをした後にデスクに突っ伏したカンセルは、あることに気がついた。
「あ、やべ。ファイル一冊忘れてきた」
急いで立ち上がり、ロッカールームへ向かう。
「あ、カンセルさん、こんちは」
「おう」
廊下を歩くと、顔見知りの3rdとすれ違った。彼は2年前に入隊したばかりで、同期の間では一番の出世頭だ。
4年も経つと、この廊下を歩く面々も少しずつ変わってきていた。
かつて全ての兵やソルジャーの憧れだったセフィロスやザックスを知る者はもはや少なく、
若き新米兵はカンセルや、昨年1stに昇格したアルフレッド、
先月昇格したばかりのルクシーレらを目標として日々の訓練に勤しんでいる。
先ほどすれ違った3rdの青年も、ザックスの事は知らない。
「時間が過ぎるのって、あっという間だな・・・」
ぽつりと、独り言を呟いてしまう。自分だけが、4年前に取り残されているような気がした。
アイツは、今どうしているだろうか。周りの奴らが言うように、もう、死んでしまったのだろうか。
「・・・あった」
自分のロッカーに手を突っ込み、目当てのファイルを取り出した。
すぐに資料室に戻ろうと、ロッカールームの自動ドアを開いた、その瞬間。
―――遠くだったが、見間違いではなかった。
ルクシーレが白衣を着た男性と連れだってエレベーターに乗るのを見た。
「・・・・・?」
この社内で白衣を着ていれば、まず間違いなく科学部門の人間である。
どうして科学者と、ルクシーレが共に歩いているのか。
単純に、顔見知りや知り合いである可能性もあったが、この時カンセルはなんとなく漠然とした違和感を感じた。
はっきり言ってしまえばただのカン。それが正しいのかどうか、やはり確かめるべきだろう。
エレベーターがどこで止まるか、ほぼ無意識のうちに階数を示す電光掲示板に視線を走らせていた。
後を尾けてきた先は、科学部門の関連施設が密集したフロア。予想通りといえば、そうである。
大小さまざまな実験室、薬剤等の保管施設、あらゆるデータを記録したコンピュータールーム。
そして、カンセルが日頃入り浸っているそれとはまた別の、資料室。
長く神羅に努めているが、このフロアに入るのは初めてである。
運よく上部がガラス張りになっていて中を見渡せた為、割と簡単に彼らを見つけることが出来た。
二つあるうちの彼らの死角になる入口から素早く潜り込み、すぐ傍の書棚の陰に隠れる。
かび臭い本の隙間から彼らの方を伺うと、奇妙な組み合わせの面々が集まっているのが見えた。
ルクシーレと、彼を連れてきた研究員。そして白衣を着た人物が、もう一人。
「・・・宝条博士!?」
頭の中で、思わずその名を叫ぶ。しかし、カンセルの驚きはこれだけではない。
さらにその隣に、ハイデッカーがいた。
しかも、交わされている会話の内容が、カンセルにとって残酷な真実を告げるものだった。
「・・・しかし、彼をソルジャーのトップにしたときは私もはらわたが煮えくりかえるとこだったが、
結果オーライとはこのことだ、ガハハハハ」
「うまく彼の意識をニブルヘイムから遠ざけた、という意味では成果を成したようだな」
「で、最近はどうかね?カンセル君の様子は」
「はい。仕事も真面目にこなしてるようだし、4年前のような行動に出ることはもう無いかと」
「そうかねそうかね!そいつは良かった!君も、長い間監視役を務めてくれてご苦労だった。
給料は上乗せせねばならんなぁ、なぁ、ルクシーレ君、ガハハハハ」
「・・・お褒めにあずかって、光栄です」
「で、だ。今回我が科学部門の傘下にて起こった事態について、治安維持部門に協力を頼みたいんだがね」
「どんな内容か言ってもらわんと、こちらとしても返事のしようがないぞ」
「今から言うに決まっているだろう。全くせっかちだな。だから君は部下からの信用が薄いのだよ」
「む・・・・・・」
「ルクシーレ、といったかな」
「はい」
「長引くようなら君達ソルジャーにも協力してもらわねばならんかもしれんな、クックック」
「出し惜しみしないで、貴様こそ早く言ったらどうだ!!」
「・・・本当に血の気が無駄に多い・・・。
よかろう、実は今朝方、ニブルヘイムの実験施設から例のサンプルが脱走したのだよ、逃げたところで無駄なんだがな。
全く、あのサンプルの考えることは私にはさっぱりわからん」
「・・・意識が戻ったのですか?」
「どうやら、そうらしい。まぁ、実験結果からすればなんら不思議でも何でもないことだ」
「ようするに、僕らにサンプルの捕獲をせよ、ということですか」
「話が早いな、誰かとは大違いだ。ただ、君ら1stは奴と顔見知りだ。
出来れば投入するのは一般兵をメインにしてくれないか」
「・・・・その辺については、わしも同感だな。君らが妙な情に駆られて、奴らを逃がしたりしかねん」
「・・・奴ら?」
「あぁ、二人とも逃亡したんだ。
しかし、片方は重度の魔晄中毒に陥ってるはずだから、連れて逃げるとしたら相当な重荷だろう。
何故足枷を自らつけるような事をわざわざしたのか、これまた理解不能だ。却って興味深くもあるがな、クックック・・・」
「ならば、自力ではそう遠くには行けまい。奴らの体内には機密情報が盛りだくさんだ。
外部に漏れる前に、確実に捕獲したまえ。君達ソルジャーは最終手段としよう。
おそらく軍のみで処理できるだろうが・・・相手はソルジャー1stだからな。なめてかかっちゃいかんだろう」
「まぁ、近辺にたまたま配備されていた兵にひとまず頼んでおいたのだが、逃げられたようだしな。
そうそう、この情報はタークスにも知らせてある。早く捕まえないと、手柄を彼らに取られるぞ?クックックック・・・」
―――頭の中が、混乱していた。
監視、4年、ニブルヘイム、顔見知り、サンプル、逃亡・・・。
キーワードがぐるぐる渦巻いて、整理できない。
背中の後ろで手を組み、卑屈な笑い声をあげながら狂科学者が部屋を去ってしまった後も、
カンセルはしばらくその場を動けなかった。
血の気が下がるのが自分でもよくわかる。激しい慟哭が耳鳴りのようだ。手には、不快な汗が握られている。
・・・やがて、例えようのない怒りが湧いてきた。
それは、すでにルクシーレ以外の人物が全て去ったこの部屋で、彼に向けられた。
「・・・・ルクシーレ!!」
「!?せ、先輩?」
いきなり書棚の陰から姿を現したカンセルに、ルクシーレは驚き、狼狽した。
カンセルは構わず、彼の胸倉を掴んで背後の壁に強く押しつけた。
ドン、と鈍い音が響き、壁に密着していたテーブルが揺れる。
「・・・・っつぅ」ルクシーレは思わず顔をしかめた。
「・・・どういうことだ」
碧き瞳に怒りの炎をくゆらせ、目の前の男の顔を矢を射すように睨みつける。
「どういうことって?」
無駄だと判りつつも、ルクシーレはとぼけてみせた。
「しらばっくれんなよ・・・全部聞いてたんだ。監視って何だ?お前、俺を見張ってたのか」
大げさな溜息をつき、ルクシーレは眼を逸らしながら答えた。
「・・・そうです」
「理由をいえ」胸元の拳をさらに強く握った。
「あなたを自由にさせておけば、ニブルヘイムでの実験内容が外部に漏れる可能性があったからです」
「実験って、何の」
「・・・そこまでは言えません。というか、僕もあまり知りません」
「サンプルって、何だよ」
「その名のとおり、実験サンプルですよ」
「そのサンプルになってる奴は、誰なんだ」
「もう、うすうす気づいてるんでしょう?・・・ザックスさんです」
聞きたくなかった答えが返ってきた。違う人物の名が出てくればいいと、思っていた。
目の前の男は、何もかもを知っていて自分の傍に今までいたのだ。無邪気な、人懐っこい後輩の仮面を被って。
激情の赴くままに、彼の胸元にあった右の拳を振り上げる。
ルクシーレはとっさに目をつむり、顔の前に手を掲げた。・・・が、彼が覚悟した衝撃と痛みはいつまで経ってもやってこない。
「・・・・?」恐る恐る目を開けると、拳を振り上げたまま動かないカンセルがいた。
その碧い瞳に涙を浮かべ、煩わしそうにルクシーレから左手も離す。
「・・・お前の知ってること、全部話せ」
弱々しい声だ、とルクシーレは思った。この時に、彼の怒りの矛先が自分ではなく、彼自身だということに気づいた。
「ニブルヘイムで、セフィロスさんが暴走したのが始まりです」
「・・・暴走?」
「はい、村人を虐殺し、村中に火を放ちました。理由は、僕も聞かされていません」
「ニブルヘイムは現存してるじゃないか?」
「タークスが隠蔽したんです。建物はそっくり再現して、新たに村人も住まわせました。
少数の生存者は、化学部門に回されたそうです。実験材料として」
「・・・・なんてことを」
「・・・ザックスさんは、セフィロスさんと魔晄炉内で戦って瀕死の重傷を負いました。
その為、村人と同様、実験のサンプルにされたんです」
「セフィロスさんもか?もうひとりのサンプルってあの人なのか?」
「いえ、違います。彼はどうやら魔晄炉の中に落下したようです。
サンプルは、ザックスさんの傍に倒れていた一般兵らしいです」
「・・・・俺のハッキングをリークしたのは?」
「僕です。あなたが消去した痕跡を復元しました」
「お前がこんなことをしているのは?」
「・・・それだけは勘弁してください」
「やめる気はないのか?」
「契約ですから。少なくとも全てが終わるまでは」
「そうか」
会話を終わらせ、カンセルは出口に向かう。その彼を、ルクシーレが呼び止めた。
「・・・僕を責めないんですか」
「そんなことしても、何の解決にもならない。それに、悪いのはお前だけじゃないだろう」
それだけ言って、今度こそ部屋を出て行った。
あとに残されたルクシーレが人知れず泣き崩れたことは、誰も知らない。
ソルジャーフロアに着くと、任務から帰還したばかりのアルフレッドが通りかかった。
「よぉ、どこいってたん・・・・・おわっ」
いきなり腕を掴まれて、そのまま引きずるように連れて行かれる。
「ちょ、ちょっと・・・カンセル!?」
見上げた横顔は真っすぐに正面を見つめていたが、その表情は何かに打ちのめされたようで、
アルは何かがあったことを瞬時に察知した。
アルを無人のブリーフィングルームに連れ込み、入口に鍵をかける。
「・・・誰かに聞かれるとまずいんだな?」
そう言ってカンセルの顔を見つめてぎょっとした。彼の眼からぼろぼろと涙が零れている。
「・・・やっぱり俺は間違ったんだ!」
突然カンセルが叫びだした。
「何が何でもあのときに、ニブルヘイムへ行っておくべきだったんだ!4年も俺は・・・気づいてたのに・・・」
もう、後を続けることができないほど号泣している。見かねてアルが声をかけた。
「落ち着け、な?何があったんだよ?」
アルの問いに、かろうじて答えた。
「ザックスが・・・見つかった・・・」
そして、涙がひとしきり落ち着いた後で科学部門フロアでの一部始終をアルに全て話した。
その事実はカンセルと同様、アルフレッドにも衝撃ではあったが、
目の前の友人に気を配る余裕が残っているだけ、まだマシな方だったのかもしれない。
いや、彼のために冷静さを装ったといった方が正しかったか。アルは努めて普通の声色で話しかけた。
「なるほどね。でも4年前にお前が行ったところで、多分状況は変わらなかったろう。
最悪サンプルが一人増えるだけでな。お前が自分を責める必要はないよ。
・・・で、何でこれを人気のないとこで話す必要がある?どのみちすぐ捕獲司令が下りて、周知になるだろ」
「事前に漏れたことが知れれば、ルクシーレが危険なんだよ」
「・・・・いい先輩だねぇ、このお人好しが」呆れた顔でカンセルを小突いた。
「あいつだって何か事情があるんだろう。じゃなきゃ、あんな辛そうな顔で話さない。ポーカーフェイスの得意なあいつが」
「・・・それで?どうすんの?」
「俺たちには多分指令は下りない。でもどうにかしてザックスを助けたい」
「・・・難しいな」
「だから、お前に相談してるんだろ」
「・・・今すぐには無理だな。しばらく様子を見よう。ザックスのことだ、
そうやすやすと捕まりはしないだろ。俺らが動けるようになってから、助けにいけばいいさ」
ニッと、少々大袈裟に笑うと、ポンポンとカンセルの肩を叩いて言った。
「奴なら大丈夫だよ、きっと。俺らもいいアイデアが出るまでは動かない方が無難だ」
アルフレッドが出て行ったあと、しばらくぼうっと座っていたカンセルは、
ふとポケットの中にある端末を取り出した。手荒い使い方をしたそれは、傷だらけで所々塗装がはげている。
ソルジャーに昇進したときに会社から持たされたものだった。
4年前、ザックスがいなくなったときにすがる思いでメールを送った。返事は、返ってこなかった。
・・・今なら、どうだろうか。
アイツが今でも端末を持ち歩いているとは余り思えなかったが、でも送ってみたくなった。
TO ザックス
TITLE 思ったとおりだ
本文 ニブルヘイムから研究サンプルが脱走したって聞いたぞ。
もしかして、この研究サンプルって、おまえ?
だったら、気をつけろ。一般兵まで駆り出されてる。物量作戦ってわけだ。
おまえ、一体何やらかしたんだ?
いくらおまえが神羅を敵にしようと、俺はおまえが帰ってくるの待ってる。
だから、絶対生きて帰ってこいよ。
端末を操作しながら、嘲笑した。既に確定的な事実なのに、何故自分はザックスに問うているのか。
『この研究サンプルって、おまえ?』
馬鹿げている。この期に及んで自分は現実から逃げようとしている。
『ばーか、俺様がそんなヘマするかよ!!』
そんな返信が、来ることはきっと無いのに。
やっと治まったと思っていた涙がまた、液晶画面にぽたり、と落ちた。
アルフレッドが言ったとおり、ザックスはなかなか捕まらなかった。
タークスが投入されてもそれは同じで、何人かが接触したようだが、結局は逃げられているようだった。
自力で動けない兵を連れて、よくやるよな、とカンセルは思った。
親友であると同時に密かに憧れてもいた男は、今はどこへいるのだろうか。
彼らの逃亡生活が長引くことは、「発見」の知らせに神経を削られ、
「捕獲失敗」の知らせに束の間の安堵を感じるカンセルとアルフレッドに精神的な疲労を与えた。
特にカンセルはソルジャーの中では責任者である。
立場ある身で自身に指令の出ていない案件に首を突っ込むことはそうそうできない。
蚊帳の外で、指を咥えて見ているしかない自分たちになおさら苛立ちも覚えた。
ザックスが逃亡を初めてから9か月ほどたったある日、痺れを切らしたハイデッカーがついにソルジャーに出動を命令した。
しかしその指令内容は、一部分だけ当初のものとは内容が違っていた。
「・・・は?」
「聞こえなかったのか!抵抗が激しいようなら、殺害してもかまわんと言ったんだ!
とにかくタークスの連中に先を越されるんじゃないぞ。いいな!!」
ハイデッカーは司令室で、1stを数人呼びつけて怒鳴り散らしている。
その中にはカンセルとアルフレッドも含まれていた。
「そこまでする必要ないでしょう!!」カンセルは反論した。
「・・・なんだ、大昔の同僚にまだそんな余計な同情心を持っているのか?
もし逃がすような事をしてみろ、お前らもどうなるかわからんぞ?
ソルジャーはともかく、兵はわしの命令一つで銃の先をお前らに向けさせることもできるんだ。わしに逆らうことは許さん!!!」
「なんだと・・・」
完全に頭にきて、ハイデッカーに食ってかかろうとするカンセルをアルフレッドが止めた。
敬語を用いるのをすっかり失念したあたり、彼の怒りが窺い知れる。
「・・・・了解しました。即座にメンバーを選出、現場に急行します」
敬礼をし、「放せよ!一発殴らんと気が済まん!」とあがくカンセルをずるずると無理やり引っ張って退室した。
「アル!どういうつもりだよ!」ドアが閉まった途端、今度は友に向かって食ってかかった。
「落ち着け、馬鹿」
「落ち着けるか!殺せって言われたんだぞ!」
「だから余計に頭に上った血を下げろと言ってるんだよ!本格的にザックスの命が危ないんだぞ!」
アルの言葉に反応し、ようやくカンセルが落ち着いた。いや、無理やり気持ちを落ち着かせた。
「あの調子じゃ、一般兵達には既に命令済みで、それに基づいて軍は動いてるだろう。ここまで事が大きくなるとはな・・・」
歩き出しながらルクシーレが額に手を当てた。しばらくそのスタイルのまま、歩き続ける。
「な・・・どうする、誰を向かわせるよ?」
あとからついてきた1stが、カンセルに尋ねた。
「そんなの俺が・・・」
俺が出る、と言おうとしたのだが、アルに止められた。
「お前は、出るな」
「・・・へ?なんでだよ?」
「お前、アイツと闘って勝てるのか?アイツにとどめをさせるか?」
「とどめって・・・俺は・・・」
「反対に、大勢の後輩の前で、命令に逆らってアイツを逃がせるか?」
「!」
図星を突かれた。じっとしてはいられないのに、
いつか自分たちにも降りるであろう捕獲命令はカンセルの心に影を落とし続けていた。
責任感も強いカンセルは、その立場ゆえに形振り構わずの行動をとることができない。
自分たちに憧れの眼差しを送り、自分たちを目標とする後輩たちの前で、
命令違反を犯すことは、カンセルにとっては苦痛だ。もちろん、命令通りに行動をとることも然り。
―――見つけたい、見つけたくない。相反する感情の中で、ずっと悩んでいたことは目の前の親友にはお見通しだったようだ。
「お前はソルジャーのリーダーなだけじゃない、たくさんの兵達の憧れだ。
そいつらの夢を壊すな。お前よりは俺の方が自由に動ける」
「アル・・・」
「一応、何人か連れて行くけどな、事情はある程度ばらさないと。口が堅いやつを選ぼう。
あ、そこのお前、もう聞いちゃったから参加決定、な」
「へーい、了解」先ほどカンセルに質問した1stは、口元に人差し指を当ててニッと笑った。
「少なからずソルジャー達は俺達で止められるが・・・軍の方は無理だろうな、先走る馬鹿がいなきゃいいがな」
アルは目を臥せて呟いた。今のザックスの現状は、絶望的なほどに過酷だ。
人員の数をとれば、ソルジャーより神羅軍の兵士の方が圧倒的に多い。
少数精鋭のタークスと共同したとしても自分たちがザックスを発見する確率は低すぎる。
アルは頭の中で、最悪な結果が近く体現される予感を払拭しようとぶんぶんと首を振った。
カンセルは自分の中の迷いを克服できなかったことに歯がゆい思いだった。
人間には何もかもをかなぐり捨てる傍若無人さが、少々あったほうがいいのかもしれない。
己を案じて控えよと言った友を信じて待つことにした。今自分が出来ることは、選んだメンバーに指示をすることだけだ。
まずブリーフィングルームに籠り、数名のソルジャーを名簿からピックアップ。
視界の端にルクシーレの名が飛び込んだが、迷わずに彼を外した。
ザックスの生存が発覚してからは、彼とはほとんど口を聞いていない。
監視の必要が無くなったということなのだろう。
弟のように思っていたカンセルからすれば、掌を返したように態度を変えたルクシーレに対して複雑な感情があった。
彼の行動に止むに止まれぬ事情があることは、彼のあの時の表情から読み取っていたが、
いくらカンセルがお人好しでも許すことはできない。
きっともう、以前のように会話を交わすことは不可能なのだと判っていた。
選んだソルジャーを数名呼び出し、事情を説明した。
あくまで「殺さずに捕獲」のスタンスを取っているらしいタークスに協力をする姿勢をとることや、
発見した場合は密かに逃がす算段をとるように指示をした。
日頃からのカンセルの人望のおかげで、ザックスを直接知らないものも皆、賛同してくれた。
ソルジャーがサンプル捕獲作戦に参加して数日後、神羅ビル内で待機しているカンセルのもとに情報が入る。
「民間人のトラックに二人が同乗しているのを一般兵が発見しました。
二人の目的地はミッドガルみたいで、軍がすでにミッドガルの手前で待ち伏せてるようです!
カンセルさん、急がないと・・・!!」
知らせてくれたのは、たまたまハイデッカーが軍の司令官と会話しているのを立ち聞きしたソルジャーだった。
自分たちの方へ情報をよこさないということは、既に彼はソルジャーを当てにしていないということだ。
報告に来てくれた彼は捕獲作戦に参加中の2ndで、
5日連続で捜索に出た後現在はローテーションの都合でビルに戻ってきていた。
彼が通りかからなければ得られなかった情報である。表情にはハイデッカーに対する怒りが湧いてるのが良く分かる。
眉間に皺をよせ、ものすごい形相でカンセルのもとへ走って来たのだ。
「わかった。サンキューな。それ、今すぐタークスにも伝えて」
発見されてから自分に情報が届くまで、どのくらいタイムラグがあったのだろう。
なるだけ平静を装って返事したつもりだが、かなりあせっていることが自分でも分かっていた。
アルの端末を呼び出したいのだが、汗ばんだ指が言うことを聞かない。ボタンを押し間違えてしまう。
「あぁ・・・くそっ!」
舌打ちして押しなおす。やっと発信できた。
「・・・アル?聞こえるか?今すぐミッドガルへ戻れ!!兵がザックスを見つけたらしい。
すでに待ち伏せてる。俺も今から出るからな・・・今度は文句言わせねーぞ」
乱暴に端末を閉じると、装備を取りに走りだした。
「俺も行きます!」
そういってカンセルの後を追ってきた先ほどの2ndに、カンセルは感謝したい気持ちでいっぱいだった。
彼は五日間、無休の状態で睡眠時間も最低限まで削ってザックスを探してくれたのだ。
しかも、休息もろくにとらずに今また現場に出ようとしてくれてる。
彼がそこまでするのには、何よりカンセルに対しての尊敬の念がそうさせていたのだが、
今のカンセルにはそれが身にしみるほどありがたかった。
ロッカールームに飛び込むように入ると中でくつろいでいた数名の3rdが驚いてカンセルに視線を投げたが、
そんなものにかまう暇は当然無く、ロングソードとマテリアを適当にいくつか握ると、
入った時の勢いのまま外に飛び出して行った。
タークスでも誰でもいい、・・・間に合ってくれ。軍よりも、早く!
ハイデッカーがソルジャー側に情報を与えていれば、運命は変わっただろうか。
4年前に、神羅屋敷へ乗り込んでいれば。
1stの職を投げ捨てて、助けに行っていれば。
あのとき、アルの説得をきかなければ。
ザックスが、ニブルヘイムへ行かなければ。
いくら考えても、現実は容赦なく目の前に絶望をさらけ出し、愚かな思考を無意味なものにする。
現場まであと少し、というところでカンセルの端末が無機質な音を鳴らした。
通達
かねてより遂行中であった実験サンプルの捕獲について下記のとおり通達する。
先刻、神羅軍兵によりサンプルを発見、うち1名が激しく抵抗したため射殺。
残り1名については、魔晄中毒の症状が重い為、大事には至らぬと判断、放置。
以上で任務完了とする。現在任務に当たっている軍、ソルジャーはただちに帰還せよ。
輸送車の中で、その事務的な報告をメールで受け取った。
頭の中が真っ白になるとは、こういう状態をいうのだろう。
周りの誰かが、自分に何かを言ったようだが、判らなかった。何も、聞こえなかった。
全身から力が抜け、だらんと胴の横にぶら下がった右手から端末が滑り落ち、ゴト、と床に当たって転がった。
やがて、空が陰ってきた。涙すら出ない自分の代わりに、強く打ち付ける雨を降らせた。
悪くなった視界を改善しようと動くワイパーの音だけが響く。
雨は、なかなか止まなかった。
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